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  • 執筆者の写真すけきよ

巣立ちの日

後輩から手渡された花束を片手に、尾形は屋上のドアを開ける。今日で最後の学ランには、ボタンがひとつも残っていない。

「ここ、禁煙ですけどー?」

屋上のフェンスを抱え、煙草をふかしていた杉元が、声の方へ振り返る。尾形が在籍していたクラスの副担任である。

「おめでたい日なんだから、今日くらいいいだろ」

杉元は頭をかきながら煙を吐く。見慣れないスーツ姿。早々に緩められているネクタイ。さぞ着心地が悪かったのだろう。

「似合わねぇ」

尾形は杉元のポケットをまさぐって、勝手に煙草を取り出して火をつける。

「おまえこそ、ずいぶんと人気者だったんだな」

杉元は尾形の学ランの、ボタンが縫い付けられていたであろう箇所に、皮肉な笑みを向ける。

「欲しかったか?」

「別に」

それきり二人は言葉を無くした。見下ろした先に、校門で別れを惜しみながら、スマートフォンのシャッターを切る光景が、延々と続いている。


「めでてぇの?」

尾形が煙と一緒に吐き出す。

「そりゃまあ。副担だけど教え子の卒業はね」

「ふぅん。俺はもうアンタの生徒じゃなくなるけどな」

尾形は手にしていた花束で杉元の頭を軽く叩いた。尾形はそのまま花束を肩に乗せ、ポケットに手を突っ込んで杉元の隣から去っていく。

「めでたいとしか、言ってやれねぇだろ」

屋上のドアが閉まる音に、杉元は目を細める。誰にも届かぬ声で呟く。なんだか続けざまに無性に煙草が吸いたくなって、ポケットに手を入れる。心当たりのない感触が、指先に触れた。

杉元が勤め、尾形が在籍していた高校の校章。くすんだ金色をした半球。

「そんなやり方、教えた覚えはねぇよ」

杉元はポケットに忍ばせた思慕を親指で撫でて笑った。煙草のことはもう頭から消えていた。

かつての教え子を迎えにいくため、屋上を後にした。

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