ポスター
- すけきよ
- 2019年9月12日
- 読了時間: 3分
まったく頒布物の情報が読み取れないポスターができました。
ネオンサインの描き方を覚えたら楽しくてつい・・・。
普段、たんぶらでネオン街の写真を見てて「こういうの、ポスターにしてぇなー」と思ってたけど、実際にネオン街をポスターにするってなんなん?ってところから突発的にできました。それっぽいのできたよ。いやでも小説の内容が一ミリも感じられないな。ええんや、作りたいものを作るんや。
だってポスターもそうだし、おしながきも作る機会ってなかなかないし。
こういうのデザインしたい!って思っても中身がない。なのでこの際、やりたいデザインをやりまくった結果がこれ。
ぱっと見てなんのサークルかわかるようなシンプルなものも作ってみたが、どうもしっくりこない。なんか地味だな。いや地味なほど文字のレイアウトとか難しくなるんだけど。でも、私の作りたいものじゃない。
あーレイアウトやタイポグラフィ楽しいな。
全然話は変わるけど、サークル参加しようと思ったきっかけが、二次創作から足を洗いたい。だったんだけど、ごかむ二次創作に手を出してから、なんでこんな悩んで気が狂ってんだろ。創作コスプレや被写体は、悩むこともあったけど楽しく続けられてるのにな。って考えたら、被写体の方は「自分はこういうコンセプトでやってます!」っていう、わりと軸がしっかりとあるんだよな。
でも二次創作の場合、同じ土俵(カップリング)で評価が明確になってるから「え、自分の作品これでいいの?」「このカップリング好きな人たちにウケるものを書けなきゃ、居場所がないの?」って、私はこれ!っていうのがぶれっぶれになってたんだよね。
これでいいのかな?って、常に評価を気にしてた。
ウケが悪いなら書く意味すらないと。書く意味がない、私の存在はここには必要ないんだって。
被写体のように、おもしろいとおもったからやる!できた写真を見て、やっぱ最高だな!って、自分のコンセプトに正直でいられなかったんだろうな。
「おもしろいものできた!楽しい!」がなかった。楽しいかどうかの基準を読み手に委ねてた。
いつだって主導権は創る側の私にある。
それが二次創作にはなかったんだと反省している。そういうのって、読み手にも伝わってるのかどうかは知らんけど。私は、私の書いたもの、最高!書けて楽しかった!楽しいから書いた!を主軸にしていこうと思う。
だってやっぱり書きたいから。
サークル参加したら辞めることへの踏ん切りがつくなんて、言い訳だったわ。
本を出したい!あわよくば会場で手に取ってもらいたい!私の本を目がけて来て欲しい!
そういう欲を表に出すことが恥ずかしいと思ってたよ。いや、実際どんだけナルシストなんだよって思うかもしれんけど。
でもさ、みんな自分が作ったものをネットなり本なり他人の目に触れる場所に出すときって、少なからず「これ見て!読んで!」って気持ちがあるわけじゃん。そういう気持ちが全くないなら人の目につくところに出さないでしょ。
承認欲求、上等だよ。めちゃくちゃ承認されてーよ。いいじゃんそれで。いいんだよ、もう認めちまおうぜ、私。
余談だけど、このブログ、画像をアップすると勝手にタグ付けされるのよ(消してるけど)そしたらちゃんとネオンサインってタグがついたよ。AI?ネオンサインって認識してもらえてるよ。やったね。

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