異端者
- すけきよ
- 2019年4月10日
- 読了時間: 3分
度が過ぎる嫉妬心と過剰な承認欲求がありながら、どうして被写体は何年も続けられたんだろうってずっと模索してた。自分のことなのに自分の過去を観察しないと、動機がわからないってのがなんなんだって話なんだけど。
被写体は、版権モノ、いわゆる二次創作コスプレじゃないから、比較対象がいない。でも完全にいないわけじゃない。
今は「裏垢女子」の派生で、可愛いランジェリーに身を包みつつSNSに身体を晒す女の子もたくさんいる。でもそこでどう表現するか、どういうテーマで魅せるかは自由。だから「自分」というジャンルが作れる。
被写体は「私」というジャンルで活動し続けてきたから続けられているのかなーと思った。
人と比べて自身をなくしたりしない。だから比較対象が存在し得ない唯一無二になろうと、無意識のうちに自分をもっていってた。んだと思う。
なんでね、他人に嫉妬せず自分の創りたいものを表現するには、私は自分がジャンルになるしかないのでは?と思った。
どーやっても創作がやめられない憎たらしい性分で生き残るための処世術として、私がジャンルになるしかねぇ!という、なんとも気の狂った着地点。気が狂ってるなりに、趣味くらいは楽しませてくれやという地獄の中からのささやかな願い。
もうほんと、ウケる概念とか萌えとかゴロゴロ転がってる中で埋もれて自信喪失するくらいなら、おまえ自身がジャンルになれよと。それでも作品を気に入ってくれる人がいたら、それはジャンルを超えて私というカテゴリーを気に入ってくれたと捉えてもバチは当たらないんじゃないかな。というかそれぐらいは勘違いさせてくれ。夢見たっていいだろ。
でも被写体はカメラマンの友達がいなかったら正直まだ続けてたかなってのは思う。
創作活動は孤独だ。ほんとうにこれでいいのかと、自分の感性に疑問を抱くことがある。それでいいよって背中を押してくれる人がいないと成り立たないってのは、甘えと捉えられたり、その程度の気概で作品を創ろうとするんじゃねぇ!ってお叱りを受けるかもしれない。
でも孤独に慣れすぎると、他人からの評価もうまく受け取れなくなってしまうんだよ。頭の中に額面通りの意味をもって入ってこないっていうか。自分の頭の中にある言語以外、忘れてしまうんだよ。だから交流厨とかって蔑んでる部分もあるけど、徒党を組まなきゃ生きていけないのは人間の本能だからね。太古から人間の遺伝子に組み込まれてきた生存本能だから。文明が発達して、集団生活をせずとも人間は生きられるようになった。狩りをしなくていいし、手分けしないとできなかった家事は機械が補ってくれる。
でも人間はまだ、孤独が死に直結するという本能が残っているんだろうな。
寂しいという感情を切り捨ててしまった私にはよくわからないことだけど、これが人間の進化なのか退化なのか劣化なのか突然変異的な人間亜種なのか。
だったらもう他の人がやってるセオリーなんて私に通用するわけない。
異端でどこの界隈からも弾かれた存在。
私も絵師集めて「私」ジャンルの本つくりてーな。なんてな。

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